大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和57年(ワ)1115号 判決 1983年9月30日

大分県東国東郡安岐町大字成久五〇〇番地

原告

徳丸生路

右訴訟代理人弁護士

向井一正

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

桑野章

右指定代理人検事

辻井治

右指定代理人

古門由久

宮本吉則

森武信義

立川忠一

山本輝男

岩下輝義

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、大分県安岐町の町長、安岐町農業協同組合長などを歴任し、訴外株式会社農業建設事業団(以下、訴外会社という)の代表取締役をしていたものである。

2  別府税務署は、昭和四八、九年ころ右訴外会社について土地売買上金につき脱漏があるとして調査を開始し、同署国税調査官は、法人税法一五三条、一五四条の質問検査権を行使して、訴外会社の昭和四七年度の法人税に関し右訴外会社、その取引先、取引のあった銀行あるいは金融機関、原告らに対して質問検査をなし、その結果取得収集した税務資料等をまとめて「法人税決議書一冊」(厚さ約一五センチメートル)を作成して保管していた。

3  当時、大分県警察本部長に指揮された国東警察署警察官は、原告らに対する商法四八六条違反事件(特別背任罪)の捜査をしていたものであるが、前記別府税務署国税調査官は、訴外会社に関する右法人税決議書を、右国東警察署警察官に対し原告らに対する右刑事事件の捜査に利用させるために任意提出した。

4  さらに、訴外会社の法人税調査を行なった別府税務署国税調査官和気弘文は、大分地方検察庁検察官から本件決議書等の内容について事情聴取され、右聴取に応じて質問検査の状況及び内容を供述した。

5  大分県警察本部刑事部所属の警察官及び国東警察署の警察官は、前記法人税決議書一冊を利用して原告、訴外会社関係者、取引先、取引銀行などを取調べて捜査を遂げ、右の取得収集した証拠物、供述調書とともに右決議書を昭和五〇年一一月一九日大分地方検察庁に送付した。

同検察庁検事は、右決議書などの証拠を利用して補充捜査をし、さらに前記国税調査官和気弘文から聴取した供述調書などを基礎として、原告を昭和五〇年一一月二一日商法違反の罪で起訴し、結局質問検査によって取得収集した税務資料を原告の刑事事件の裁判に証拠として提出したものである。

6  ところで、質問検査によって取得収集した税務資料を関係者の刑事事件に利用したり証拠とすることは、先の質問検査が後の刑事手続の一環となり、質問検査が犯罪捜査に利用せられたと同じ評価を受けるから、憲法三五条、三八条一項、法人税法一五六条に違反する。

また、別府税務署国税調査官が前記法人税決議書一冊を右警察官に任意提出したこと、及び国税調査官が質問検査の状況などについて検察官の事情聴取に応じたことは、国家公務員法一〇〇条、法人税法一六三条の守秘義務に違反する違法な行為である。

7  原告は、右のように憲法や法人税法に違反してなされた刑事手続によって、昭和五〇年一一月商法違反の罪で逮捕され、勾留のうえ同月二一日同罪で起訴され、審理中の身である。原告は、各新聞紙に悪者と書きたてられ、老令の身で身柄を勾留され、長期間被告人として苦しい言語に尽せない精神的苦痛と社会的制裁を受けてきた。

右苦痛に対する慰籍料は金一〇〇万円を下らない。

8  よって、原告は被告に対し国家賠償法一条に基づく損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年一月九日から支払ずみまで民法所定年 分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、当時国東警察署警察官が原告らに対する商法四八六条違反事件の捜査をしていたことは認めるが、その余は否認する。

本件決議書は、昭和五〇年一〇月二五日杵築簡易裁判所から発せられた捜査差押許可状に基づき、同月二七日国東警察署司法警察員が別府税務署から適法に押収したものであって、任意提出したものではない。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実中、本件決議書が国東警察署から大分地方検察庁へ昭和五〇年一一月一九日送付されたこと、原告が同月二一日商法違反の罪で起訴されたこと、本件決議書等が原告の右刑事事件の裁判において証拠調の請求がなされたことは認めるが、その余は否認する。

本件決議書により、原告は逮捕、勾留、起訴されたものではない。すなわち、原告に対する商法違反事件の捜査の端緒は、原告が代表取締役をしていた訴外会社所有の山林売買に関連して、原告が多額の金員を横領している旨の風評があった。そこで、昭和五〇年九月中旬ころ、国東警察署が捜査に着手し、訴外会社の関係者や右山林売買取引関係者等を取調べたうえ、右関係者の供述調書等を証拠資料として逮捕状を請求し、その発布を得て同年一〇月三〇日原告を逮捕したものであるが、右逮捕状の請求に際し本件決議書は全く資料とされていないのである。

6  同6の事実は否認ないし争う。

7  同7の事実は否認ないし争う。

三  抗弁

仮に、原告主張の事実が認められるとしても、原告の損害賠償請求権は時効により消滅している。

すなわち、本件決議書等が刑事手続の中で使用されていることについては、原告に対する商法違反被告事件の第三回公判期日である昭和五一年七月二六日において、検察官から本件決議書等につき証拠調べの請求がなされているのであるから、原告においても少なくとも右時点において既に明らかであったといわなければならない。したがって、原告においてはこの時点で加害者及び損害等民法七二四条所定の事由を当然知っていたものであり、この時点より既に三年以上の期間を経過しているので、原告主張にかかる損害賠償請求権は時効消滅している。

被告は、本裁判において消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

否認する。原告が本件刑事手続が憲法や法人税法に違反するものであることを知ったのは、昭和五七年八月ころであって、それまで損害及び加害者を知らなかった。

第三証拠

一  原告

1  甲第一、二号証(写)。

2  乙第一号証につき、原本の存在並びに成立を認める。第二ないし第五号証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一ないし第五号証(第一号証は写)。

2  甲第一、二号証につき、原本の存在並びに成立を認める。

理由

一  本件における原告の請求は、国家賠償法に基づく損害賠償請求であるが、請求原因事実の有無についての検討に先立ち、先ず、本件において消滅時効の成否について判断する。

原告主張の法人税決議書(以下、本件決議書という)について、国東警察署から大分地方検察庁へ昭和五〇年一一月一九日に送付され、原告が商法違反の罪で起訴されたのち、右刑事事件の裁判において証拠調の請求がなされたことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第四、四号証によれば、原告に対する右刑事事件の第四回公判期日である昭和五一年七月二六日に、検察官から他の証拠書類とともに本件決議書及び和気弘文の検察官に対する供述調書の証拠調の請求がなされたこと、そして同期日において原告の弁護人である向井一正弁護士は右証拠調請求に対する意見を留保したものであり、原告自身同期日に出頭していたこと、また、第二四回公判期日である五四年八月二七日には、右向井弁護人は前記証拠調請求に対する意見として、本件決議書につき、「本件決議書の中には税務署員の私的意見が記載されているので取調べに異議がある」旨を述べているものであり、原告自身同期日に出頭していることの事実が認められる。

以上の事実並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告において、少なくとも昭和五四年八月二七日の時点において、被告税務署の係官が取得収集した税務資料を関係者の刑事事件に利用して捜査したり証拠としたこと、国税調査官が質問検査の状況などについて検察官の事情聴取に応じたことなど、原告の主張する本件不法行為の内容を知ったこと、すなわち、右時点で加害者及び損害等民法七二四条所定の事由を当然知ったものと推認することができる。他に、右推認を覆するに足る証拠は存在しない。

右によれば、原告の本訴請求権は、訴提起の時には右時点より三年以上の期間が経過しているものであって、国家賠償法四条、民法七二四条により、三年の消滅時効が完成しているものといわなければならない。なお、被告が右時効を援用したことは当裁判所に明らかな事実である。

二  以上の次第であるから、仮に原告主張の請求原因事実が認定されるとしても、原告の本訴請求権については既に消滅時効が完成しているものであり、被告の抗弁は理由がある。

よって、原告の本訴請求は結局失当といわざるを得ず、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永田誠一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例